依頼者がお金を払っているのは『正確さ』なのか、という話

依頼者がお金を払っているのは「正確さ」なのか、という話

最近、申請書の下書きにAIを使うようになって、作業の速さが変わりました。以前なら半日かけて組み立てていた構成案が、ヒアリングのメモを渡せば数分でたたき台になって出てくる。誤字の確認も、要件の抜け漏れチェックも、ずいぶん楽になりました。便利になったことは、正直に認めます。

ただ、ここまで来て、ひとつ立ち止まって考えることがあります。

書類が誰でも速く作れる時代になったのなら、依頼者がわざわざ行政書士にお金を払う理由は、いったい何に対してなのか、ということです。

「定型はAI、判断は人」という線引き

先日、同じ士業の方が書いていた記事を読みました。中小企業診断士の方で、AIを業務にどう組み込むかをテーマに、こんな整理をしていました。仕事をいきなり丸ごと自動化しようとするのではなく、まず工程に分解する。そのうえで、定型的な部分はAIに任せ、判断が必要な部分は人が担う。この役割分担を設計することが自動化のすべてだ、と。

読みながら、自分の仕事もまったく同じだな、と思いました。

たとえば介護タクシーの許可申請。書類の構成や、要件にあわせた文章のたたき台までは、たしかにAIが作れます。でも、その事業者さんが実際にどんな車両を使い、どんなお客さんを乗せようとしているのか。地域の事情をどう申請に反映させるのか。そこを汲み取って、申請として通る形に落とし込む工程は、結局のところ人がやっています。AIが作ってくれるのは、あくまで下書きまで。そこから先は、依頼者一人ひとりの事情に合わせて組み直す作業の連続です。

風営許可でも、自動車の手続きでも、これは変わりません。様式が決まっている部分ほどAIは得意で、依頼者の個別事情が絡む部分ほど人の手が要る。やってみると、その境目はかなりはっきりしています。

「自分の言葉」が選ばれるという調査

少し話が逸れますが、先日見かけた別の調査が、頭の片隅に残っています。

オンライン英会話の会社が、世界の講師に「AI翻訳の時代に、人が自分の言葉で話すことに意味はあるか」を聞いたものでした。結果は、用件を正確に伝える場面ではAI翻訳も支持される一方、信頼関係を築く場面や熱意を伝える場面では、8割以上が「拙くても自分の言葉で話すこと」を選んだ、というものでした。

英会話の話なので、士業とは畑が違います。それでも、刺さるものがありました。

正確さだけなら、機械のほうが上かもしれない。けれど、相手が最後に見ているのは、正確さの先にある「この人と向き合えるか」のほうだ、ということです。

では、お金は何に払われているのか

ここで、最初の問いに戻ります。

依頼者が行政書士に払っているお金は、書類の正確さに対してなのか。

私の答えは、正確さは「前提」だ、というものです。正確であることは、できて当たり前。お金が払われているのは、その先にあるものです。どの制度を使えばこの人にとって一番いいのか、という判断。何を聞き出し、何を申請に乗せるべきかという見極め。そして、面倒な手続きを「この人に任せておけば大丈夫」と思ってもらえる信頼です。

実際、私の仕事は紹介と、一度依頼してくれた方からの相談で回っています。その方たちが戻ってきてくれるのは、書類が正確だったからというより、相談したときに安心できたから、という部分が大きいのだと思います。正確さは、その安心の土台にすぎません。

AIで浮いた時間を、どこに使うか

AIが下書きの速度を上げてくれたぶん、これまで書類づくりに費やしていた時間が浮くようになりました。その時間を何に使うか。私は、依頼者と向き合う時間に回したいと思っています。

書類を速く正確に作ることは、もうAIと一緒にやればいい。そのうえで、人にしかできない判断と、人にしか築けない信頼に時間をかける。AIが進むほど、むしろそこが行政書士の仕事の中心になっていくのだろう、と最近は感じています。

便利な道具が増えたからこそ、自分が何にお金をいただいているのかを、ときどき確かめておきたいと思っています。

 

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